3歳3か月 離乳

12月1日、わっちゃん、3歳3か月で離乳しました。
すでに記憶が薄れてきたのですが、忘れぬうちに記録します。
離乳は、私からの提案でした。
先ずは3歳のお誕生日を過ぎたころ、わっちゃんに、保育園から帰宅後の授乳をやめてみないか相談したら、あっさりやめてくれました。
成長したわっちゃんは「ぐびっぐびっ」と、いい音が聴こえてくる飲みっぷりで(今だにそれだけ母乳が出る私の身体も、ありがたくすごいな、と思います)夜眠る前と、朝の寝ぼけ時と、車での移動中に眠くなったときだけとはいえ、特に朝の空腹を満たす「ぐびぐび」には、「さあ一日が始まるぞ、でも疲れたぞー」となり、夜も家事の残りを片付けたくても、「ぐびぐび」後は、わっちゃんと一緒にくたーっと眠ってしまう。
というわけで、母親の都合ではありますが、わっちゃんの様子をみてもずいぶん体力もついてきたし、いいタイミングでは? と思えてきたので、とうとう完全離乳を提案してみました。
最初のうちは「やだもーん、4年生になるまで飲むもーん」とか、もともと私が言っていたとおり「仁環がやめるって思うまで飲むんだよー」と言っていたのですが、「あーちゃん最近、ぱい(*おっぱいのこと)の後、疲れるようになっちゃったんだよねー」とこちらの事情を説明しつつ、保育園の先生とも相談して、アドヴェントカレンダーが始まる、12月1日を離乳の日と設定したところ、だんだんその気になってくれて、「アドベントが始まるときは、おっぱいおしまいね」と言うようになりました。
ターシャテューダーの、アドベントカレンダーを購入して、「これをあけるときに、おっぱいおしまいね」とお楽しみを設定。
園の2歳児クラスの中で、一番最後までおっぱいを飲んでいたことになるわっちゃん、先生にも「アドベントのときに、おっぱいおしまいにするの」という話をそっとしていたそうでした。
おっぱいは眠るときのおともだったので、事前に、離乳後はどうやって眠りにつくかを仁環と相談し、①眠るときはお話をしながら、②夜中に目が覚めたときは、あーちゃんにぴったりくっついて眠る―ということに決め、シュミレーションもしました。
そして、いよいよ離乳の日、12月1日を迎えました。
11月30日の夜、眠るときに最後の授乳をして、コトリと眠ったわっちゃん、いつもは朝まであまり目が覚めることがないのですが。。。
日をまたいで12月1日、ちょうど風邪気味で咳込んでおり、なんと、0時過ぎに咳で目覚めてしまいました。
目が覚めたわっちゃん、いつもなら、すぐにおっぱいを飲んでまた眠りにつくのに、今日は「ぱいを、やめる日」。
咳込みながらつらそうな顔をして、でも絶対「ぱい」と言わない。
でも咳が出てつらいし、眠いし、なんといっても、安心のおっぱいが飲みたいし「うえーん」と大泣きが始まる。
順一さんも一緒に起きてくれて、気分転換に3人で毛布をぐるぐる巻きにしながら外を散歩したり、家の中でおんぶしたり抱っこしたり、絵本を読んだり、わっちゃんが寝入るのを待つけれど、なかなか寝入れず。
うとうとするのだけど、また咳込んだり眠りが浅かったりで「うえーん」と泣く。
そんなことでかれこれ3時間弱、うとうと、えーん、を繰り返し、やっと眠った。
その後も何度も咳込んでまた目が覚めるのだけど、やっぱり「ぱい」とは言わず、私に体をぴったりくっつけて、なんとか眠るわっちゃん。
すごい頑張りようでした。
朝7時前に目が覚めたわっちゃんは、見たことのない表情をして「うえーーーん」と激しく泣き出した。
夜中の泣きとは、また違った、泣き方。
「頑張ったね、仁環。えらかったね」と声をかけるのだけど、わっちゃんはもう何も言葉にならない。絶対「ぱい」と言わない。
そして… 私から「ぱい飲みたいの?」と声をかけると、こくんと頷いた。
「おいでー」と言ったら、少しだけおっぱいを飲んで、そしたら一気に緩んでニコニコ笑顔になった。
気持ちの落ち着いたわっちゃんに「昨日ちゃんと、ぱい飲まないで過ごせたね、お咳も出てつらかったのに本当に偉かったね、ちゃんとぱいバイバイできるから、大丈夫だよ」とたくさん伝えた。
その後は、元気に登園していつもどおりの一日を過ごすことができ、そして、この朝のおっぱいが、本当に最後のおっぱいとなりました。
どの本を読んでも「やめると決めたらきっぱりやめること」と書いてあって、きっとそれは正しいのだけど、私がこれまでに育児で後悔したときは、「ねばならぬ」を優先させてしまって、目の前のわっちゃんの状態をちゃんと受け止めていなかったときだったのでした。
この朝は、自分のこれまでの失敗を踏まえたうえで、目の前にいるわっちゃんをみて判断をし、私から声をかけておっぱいを飲んでもらったのでした。
たぶんあの朝、私が一番わっちゃんに伝えたかったことは、「頑張れないときは、頑張らなくたっていいよ。頑張れない自分でもいいんだよ」ということだったように思います。
頑張れない自分もちゃんと許せる、受け容れられる人であってほしいなーという想い。
人間、コンディションもあるし、「絶対」というのは、ないからなぁ!

離乳の前日、11月30日に、わっちゃんが言った一言を、メモしていたもの。
「がんばって、ムリしない時はムリしないね」
「今日でおっぱいおしまいなんだねー。それでね、明日からアドベントが始まるよ」
そしてその隣が、順一父ちゃんが、離乳した朝、出勤前に残してくれたメモ。
離乳した2日後、12月3日に二人で夕飯を食べていたら、私の目をまっすぐ見て「あーちゃん、今までいっぱい、おっぱい飲ませてくれてありがとうー」といきなり言うので、泣いてしまった。
泣く私を見て最初はびっくりしていましたが、そのうちニコニコと笑っていたわっちゃんでした。

ちょうどいいタイミングで友だちからいただいた、沼津の美味しいロールケーキを、わっちゃんの「ぱい卒業祝い」としていただきました。誇らしげなわっちゃん。
そしてこちらは、わっちゃんが初めて書いた、私の絵。

先ず目を書いて、次におっぱいを書いていた、そのあと鼻と口。
大事だったよね、私たちのおっぱいつながり。
今までたくさん飲んでくれて、本当にありがとう。
そしてこれまで、授乳の日々を支え、離乳の時も協力してくれた父ちゃんにも感謝。
わっちゃんとのあたらしい関係が、始まりました。